建築家(けんちくか)とは、自らの美学的見地・論理的分析にもとづいて建築物を設計し、実現に必要な知識や折衝能力・監督能力を有する人のことである。すなわち、計画・デザイン|意匠面の考案者・著作者であるとともに、実現の上での技術的側面を統括・指揮する責任者である(参照: 建築)。
建築家の地位
[ 欧米 ]
欧米における建築家は、伝統的に医師・弁護士と共にプロフェッション(公益のために働く専門家)として扱われており、構造・設備などの技術者(エンジニア)とは区別される。中世ヨーロッパにも大聖堂を築いた工匠は存在していたが、建築技術者は一般に職人と見られていた。建築家の地位が確立ししたのはルネサンス期以降で、建築家の名前が作品とともに伝えられるようになった。15世紀イタリアのフィリッポ・ブルネレスキ|ブルネレスキが建築家の始めとされる。当時、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂|フィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)に世界最大のドーム屋根をかけることが課題となっていたが、巨大な足場が必要になるため、建設は非常に困難と見られていた。ブルネレスキはこの課題に合理的な解決をもたらし、足場を築かずにドームを造る方\xA1
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[ 日本 ]
現在の日本においては、必ずしも「建築家」の明確な定義がされてなく、たとえ国家資格である建築士の資格を取得している人でも1割以外は設計の経験がない。そのため、米国やヨーロッパなどにみられるような建築家としての地位は存在してなく、あくまでも個人の自称に留まっているのが現実である。
日本の「建築家」
日本では伝統的に設計と施工を兼ねる大工棟梁がいた。幕末・明治初期に洋風建築を造った大工棟梁として二代目清水喜助(清水組)らが知られる。 Architect の概念は、明治時代以降に輸入されたもので、まずは明治政府が雇用したお雇い外国人トーマス・ウォートルスやジョサイア・コンドルらが活躍した。次いで旧官立大学|官立大学を中心に西欧の建築学が導入された。東京駅の設計で知られる辰野金吾は工部大学校(後の東京大学工学部)1期生である。Architecture は当初「造家」と訳され、1886年に工部大学校卒業生を中心に「造家学会」が設立された。やがて伊東忠太による提案を受け、1897年に建築学会(現・日本建築学会)と改称した。伊東は、「造家」では技術的な要素が強すぎるので、芸術的な要素を強調するため「建築」という名称を主張したものであったが、すでに明治6年に発行された英和辞書でconstlactionを「建築術なり」と称していた。学会も発足当初からやはり技術的な側面が強く、純粋な建築家のみでなく、施工側の建設会社も参押
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$J$$!#B>J}$G$O!"A0=R$7$?$h$&$K!V建築家」というのは資格制度上のクレジットではなく、自身では資格がなくとも、スタッフに有資格者を置くことで建築士事務所を主宰し、職業として建築家と名乗る、ということも可能ではある。このため「建築家」の明確な定義はないが、一般的には
・ 建築関連の何らかの賞を受賞した人物
・ 著名建築物の設計等で広く名前が知られた人物
・ 日本建築家協会の会員である人物
などについて、建築家と呼ぶことが多い。一般マスメディアは資格名である「一級建築士」で権威付けすることが多いが、業界内では、「建築家」という呼称が作家性の存在、また職能性を示唆するため一般に使用されている。
『新建築』『GA JAPAN』『建築文化』などの建築関連専門雑誌メディアなどを作品発表の場とする人がいわゆる有名建築家とされることが多いが、優れた設計を行っている建築家の中には、当然建築雑誌等のメディアに登場しない(したがらない)者もいる。社団法人日本建築家協会では、建築家を職業のひとつとして扱う。建築家職能原則に従って、同協会への入会資格を以下のように定めている。
・ 専業で建築設計監理業務を行なう者
・ 前記業務を行なう組織の主宰者または協同者
・ 責任ある立場で設計監理業務を行なっている者
・ 前記の立場に相当し公的資格を持つ者(建築士)国際的な建築設計競技などでは、UIA(国際建築家連合)の会員資格を求められるものが多いが、日本ではJIA(日本建築家協会)に所属することでUIA資格保持に準拠するものとしている。
[ おもな関連団体 ]
: (順不同)
日本と海外との比較
欧米では建築家個人の作家性や学際性の問題と、実務上の資格・責任・経験の問題とが一体となっているのに対し、日本ではいまだばらばらである。現在までJIAが中心となり、国際水準に合わせるため建築家としての統一資格制度の整備を試行してきたが難行している。また、欧米では、建築家の社会的な自立性・中立性保持の観点から、専業の設計・監理以外で収益や給料を得る者(ゼネコンの設計部、不動産会社・広告代理店の企画設計部門、大学の学者|研究者など)は、たとえ建築に携わっていようと「建築家」としては認めていない(但し、大学教授など、一定の職能資格を有し、学外において設計実務を兼任している場合はこの限りではない)。また「設計・監理」と「施工」とは互いにプロフェッションとして独立している(設計と施工の分離)。対して日本では、教育と実務、設計・監理と\xA1
;\9)$NJ,N%$,L@3N$K5,Dj$5$l$F$3$J$+$C$?!#$3$N$?$a!"8=:_!"F~;%J}<0$d@_7WNA%@%s%T%s%0$NLdBj$J$I$,Ib>e$7$F$$$k!#; 米国
アメリカ合衆国|米国では、建築家と認められるためにはいくつかの試験に合格し、登録料を支払う必要がある。なお、米国の建築家は資格取得までに実施前提の建築設計に携わることを含む8年間の実務経験を必要とされる。アメリカ建築家協会(American Institute of Architects、AIA)は建築家に保証・保険などのサービスとネットワークを提供する職能団体である。身分証明に AIA を付記することは、この会員建築家にのみ許される。とはいえ、 AIA メンバーでなければ建築家ではない、というわけではなく、 AIA に所属しない建築家も多い。; 英国\xA1
RIBA(王立英国建築家協会、Royal Institute of British Architects)の定めでは、「建築家」としての資格取得までに、特定の教育研修機関でのディプロマ取得と一定期間の実務経験を有することとしている。これは最短でも大学院以上の履修課程を含め6年間かかる(日本やアメリカの「学部」に相当するものを入れると8年以上)が、最短で取得できる者はまれである。ヨーロッパのディプロマ制度・実務資格も、これに準拠している。(参照:RIBAゴールドメダル)
[ ゼネコン設計部 ]
日本では明治時代後半から清水建設|清水組などの大手建設会社が大学出の学士を採用するようになり、自社で設計から施工までを一貫して行う体制を整えてきた。この点は西欧流に設計と施工の分離を唱える立場からは問題視され、戦前の「建築士法」制定運動の中では、施工会社が設計を行うことを禁止しようという主張も見られた。しかし、現在の日本でも大手ゼネコンの抱える設計部は建築界において大きな位置を占めており、評価の高い作品も多く生み出している。
[ プロフェッサー・アーキテクト ]
大学で建築学の教育を行ないながら、実際の設計に関わるものをいう。日本では、古くは東京大学の伊東忠太や早稲田大学の佐藤功一らの例がある。特に東大の内田祥三は営繕課長を兼ねて安田講堂を含むキャンパス計画を作成し、教え子を育てながら大学のグランドデザインを実現させていった。第二次世界大戦後も丹下健三、芦原義信、吉田五十八、吉村順三などプロフェッサー・アーキテクトの例は多い。単なる理論のみでなく実務に関わることは研究上・教育上も必要であり、学生に設計実務を示すことができるなどのメリットがあるとされる。
建築に関する賞
建築家が生前に受賞できる最も著名な賞はプリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)である。その他の賞では、国際建築家連合から贈られるUIAゴールドメダル、王立英国建築家協会から贈られるRIBAゴールドメダルなどがある。日本においては日本建築学会賞が知られている。
著名建築家(海外)
[ ルネサンスから歴史主義建築 ]
・ イタリア
[ 近代建築以降(生年順) ]
[ 来日して活動した建築家 ]
著名建築家(国内)(生年順)
* 曽禰達蔵(1852年 - 1937年) 旧三菱銀行神戸支店、慶應義塾大学図書館
主要な建築設計事務所
[ 海外 ]
[ 日本 ]
[ 組織系建築設計事務所 ]
[ ゼネコン系設計部 ]
高宮真介
岡田新一(1928年 - ) 最高裁判所
増沢洵
押野見邦英
吉原正
天野太郎
柳英男
佐藤正巳
鹿島昭一
中島隆
織本直
佐野幸夫
芦原信孝
木村俊介
秋元和雄
成瀬嘉一
茶谷正洋
石本喜久治(1894年 - 1963年)東京朝日新聞社、広島市民球場
柳澤孝彦(1935年 - ) 東京都現代美術館、新国立劇場
出江寛(1931年 - ) かわらミュージアム、桃山学院大学、東京竹葉亭
岩本博行
小川正
北村隆夫
村松映一
小沢行二
徳岡昌克
高橋志保彦
長島孝一
鈴木了二
有馬裕之
早川邦彦
狩野忠正
永田裕三
建築家を養成する(養成した)著名な学校
アメリカ
建築家とデザイナー
建築家は建築のデザイン(意匠)を行っているので、デザイナーと呼べないこともない。しかし、建築家は計画、意匠、監理までに関わるものであり、デザイナーという言葉では非常に狭い意味に留まる。
素人建築家
建築の専門的な教育を受けず、建築に関連する組織や団体にも属さないまま、個人の力で建築物を構築する例がある。独力で小規模なログハウスの類を建てる例もあるが、中には芸術作品(アウトサイダー・アート、など)として評価に値する(と一部でみなされる)ものがある。* フェルディナン・シュヴァル(Ferdinand Cheval):シュヴァルの理想宮(Palais id?al)
関連項目
外部リンク

